最初に「携帯動画変換君」を公開したのが2004年10月10日。最後にアップデートしたのが2005年12月。もう10年以上経ってしまいました。10年以上アップデートしていない「過去のソフト」であるにもかかわらず、いまだに「変換君の人」と呼ばれたりするので、ほんと愛されていたんだなあと思います。ありがとうございます。
「携帯動画変換君」については、ffmpegのフロントエンドという形をとりつつ、ffmpeg自体にも結構カスタマイズの手を入れていたり、その機能拡張の方向に実は一貫した方針があったりと、ごくシンプルな機能・見た目に反してそれなりに手間がかかっていたりします。いままでもときどきTwitterなどで話すことがあったんですが、今回そのあたりの話をすこしまとめておこうかと思います。
(※このblog記事で引用して使おうと思って先にスライドをニコナレにアップロードしたら記事書く前にスライドが先に拡散してしまい、既に先のスライドのブコメでみなさん同窓会しちゃってるのでなんかこうあらためて書くのも蛇足だなあと思いつつ、、)
そもそもなんで「携帯動画変換君」を作るに至ったか
「携帯動画変換君」よりもはるか以前、ポータブルDVDプレイヤーと片眼ヘッドマウントディスプレイの組み合わせで「ウェアラブル動画視聴通勤」というものを個人的に試していました。
時は2001年。時代背景としては「Yahoo!BBがサービス開始発表」あたりの時代ですね。インターネット接続はまだほとんどのユーザがダイヤルアップ、プレイステーション2が発売されたちょっとあと、DVDが流行り始めたころ…です。
このころ…というかその前から「ウェアラブルコンピューティング」「ヘッドマウントディスプレイ」が大好きだったので、なんとかヘッドマウントディスプレイを使って面白いことができないか、なんてことを考えてました。
そんなこともあり、ポータブルDVDプレイヤーを「ウェアラブル化」し、通勤時間に映画を見てみることにしたわけですが…
これが超たのしい!
まだ当時、DVDを視聴するというと「いかに高画質に」とか「迫力を」とかそういう視点でしか議論がなかったのですが、ここで映像の視聴ってそういうものだけじゃないということに気づかされます。視界の片隅で、ながら視聴で、受け身で流し見する動画。カジュアルに、隙間時間に「消化」していく動画。これがおもいのほか快適で、楽しくて、通勤時間を有意義にしてくれる。この体験が、その後のすべての原動力になったわけですね。
なので、このあとしばらく「通勤時間に動画を消化する」ためのツールを作り続けることになります。「eggy」(NTT DoCoMoのPHSが刺さるカメラ機能つき動画プレイヤー)と「CE-VR1」(電子手帳Zaurus用に動画をファイル録画するためのレコーダー)を連携させる、なんてのもそのひとつ。「eggy」「CE-VR1」どちらも製造はシャープ製だったので、動画コーデック自体は全く同じだったのですが、ファイルの保存位置が違うのでいちいちPCでファイルをコピーするなどひと手間かけないといけませんでした。こっちは通勤時間に毎日使いたいわけでそれでは超めんどくさい、なのでそこを1ステップ減らすためのツールを作ったわけです(内容は、コンパクトフラッシュのFAT/ディレクトリエントリを書き換えて2つのフォルダの実体が同じ先を向くようなハードリンク状態を無理やり作り出すもの)
その流れで、ハードディスクレコーダー(コクーンチャンネルサーバー)から動画を吸い出すツールなどもつくりました。録画するのがめんどくさいので、勝手に録画された(コクーンは予約せずとも自動的に番組を録画してくれるのです)レコーダからファイルを楽に持ってこられればいいな、というわけですね。
・常に安定して動画が供給される
・その動画を移動しながら簡便に視聴できる
・そしてそれら録画・視聴をめんどくさくなく継続できる
これらがそろってこそ「夢の極楽動画視聴通勤」が実現する!そのための努力は惜しまない!…というわけです。
とまあ、そんなようなことを試行錯誤している当時、あたらしい携帯電話に機種変更します。W21SA。サンヨー製の携帯電話です。ディスプレイ部分がくるっと180度回転し、表示部だけが見えるように畳むことができる機構がついていました。
そしてこの機種(いまとなってはあんまり実感がないですが)、なんと「長時間のQVGA動画が録画できる」のです。それまで携帯電話での動画といえば数十秒、数分程度がぎりぎりいっぱい、長時間連続の動画なんて取り扱えなかったのですが…。
「あれ?動画撮影できるってことは、それを再生することもできるってことだよな」
手持ちの録画ファイルをこいつに突っ込めば再生できるんじゃないか。つまり、夢の「通勤動画再生機」として使えるんじゃないか!
しかしまあ当然どんなファイルでも再生できる…というわけではなく、この機種はあくまでも「動画を撮ることができる」つまり、自己撮影したファイルこそ再生できるものの、別に動画プレイヤー機能を持っているわけではありません。自分の好きな動画を再生したかったら、W21SAが自分で撮った動画だと偽装し、「自己撮影したファイル」だと携帯電話に思わせてやる必要があります。
で、その方法はどうすればいいんだ、と調べてみると…
いやもう「まるで呪術」としか言いようがない複雑怪奇な手順なわけです。たしかに、この手順通りにやってみるとW21SAで再生できる動画は生成される。ただ、こんなくそめんどくさい手順、1回だけならいいけど毎日なんてとてもやりたくない!
こっちは「毎日通勤で消化する動画」を突っ込みたいのです。で、見終わったらさっさと消して次の動画を放り込みたい。一本あたりにエンコードの手間なんてかけていられない。
…というわけで、「こりゃツール作るしかないわ」と自分が使いたい動画変換ツールを作ろうとした、のが「携帯動画変換君」をつくるきっかけになったわけです。
「携帯動画変換君」にビットレート調整バーがなかったわけ
そういう出自で生まれたので、ともかく「毎日使う使い捨て(見終わったら削除する)持ち出し用動画を生成するツール」という機能に特化していました。そして「この使い方(未視聴動画を移動中に『消化』する)は本当に楽しいのでこの使い方よ、流行れ!!!」という強い信念もあったので、その「特化」についてはビタイチ方針を変えるつもりがありませんでした。
これ時々話すことなんですが、携帯動画変換君ってアプリは「外出先で動画を視聴する」という使い方に特化したツールだったんです。で、動画というのは音楽と違って「繰り返して観る」ことはあまりしない。外で視聴する動画ってのは「録画の『消化』」という使い方が主。つまり、動画は使い捨て。
— MIRO (@MobileHackerz) 2016年5月12日
なので「携帯動画変換君」は、「最初の設定は手間かかるけど、一度設定が決まったらあとの変換作業はともかく1ステップでも少なくなるように」ともかくできるだけ簡便に、そこそこの動画ができる、という設計になっていました。
— MIRO (@MobileHackerz) 2016年5月12日
逆に、たとえば「ビットレートの設定」は、それをつけてしまうと【絶対に】画質を追求したくなる。ビットレートをぎりぎりまで上げて何度もトライ&エラーしたくなる。そうすると、手間をかけた動画は「捨てるのが惜しく」なる。つまり「未視聴動画の消化」という快適な楽しさに向かわなくなってしまう
— MIRO (@MobileHackerz) 2016年5月12日
なので、当時「ビットレート調整バーをつけてくれ!」という要望は本当に山ほど受け取ったのですが、ここはポリシーとしてガンとしてつけませんでした。あのUI、不思議に感じた人も多いと思うんですが、そんな理由があります。
— MIRO (@MobileHackerz) 2016年5月12日
当時ホントにいろんな人に「ビットレート調整バーをつけてくれ」ということを言われたんですが、ここは譲れない一線だったのでした。このころ、呪術的な手間暇かかる変換手法が流布されていたことでもわかるように「携帯する動画というのは、お気に入りの、これぞという珠玉の一動画を、手間暇かけて極力美麗にエンコードし、持ち歩いて自慢する」ものでした。でも、エンコードに手間をかけたら当然捨てたくなんかないし、捨てなければ別の動画は入れられないし、同じ動画はそんなに何度も見るものでもない。結局、そのやりかただと「外で動画を見る」のはいつまでもトクベツなことであって、日常にはならない。
まあ、そんなコダワリもあって、「エンコード時に手間をかける」方向性の機能は絶対つけない、逆に「エンコード時に手間を減らす(自動化できる)」ことは積極的に取り込んでいきました。
PSP対応!!
実際に「携帯動画変換君」をリリースしてみると、なんか思ったより反応が薄いことに気がつきます。いままでの「呪術的な」手法と比べて圧倒的に簡単に動画が変換できる(そしてビットレート比で動画の品質も悪くない)はずなのに、2chの携帯電話関連スレとか見ていてもほとんど話題にあがらない。なんでだろう。
で、よーく観察してみると、どうも「話題になって」はいないんだけれども、「使われていない」わけではないようであることが見えてきます。どうやら(当時の)携帯電話ユーザの間では、情報が“通貨”のように機能している。要するに、“有用な情報”はあくまでも等価交換でクローズドに「交換」されるものであって、オープンな場でおおっぴらに話題にするなんてそんなもったいないことはしない。大事な便利な情報は、そっと持っておくもの…と、そんな価値感が主流のようでした。
「携帯電話ユーザ」と「インターネットユーザ」の間の文化の断絶というか、空気の違いみたいなものが、そこにありました。
まあそれはそれで眺めていてちょっと面白くはあったのですが(「実はすげえいいツールがあるんだけど、おまえら知らないだろ」みたいな書き込みを眺めながらニヤニヤしていた)、作者としてはあんまり存在を秘密にされていても困ります。なんかこう、このままではどうにもまずい。
と、「携帯電話ユーザ」クラスタを相手にしていてはこれは広がる余地はあんまりなさそうだなあ、と思っているところに飛び込んできたのが「PSPに動画再生機能がつく」というニュースでした。
読んだのはこの記事(2004年12月3日)。
SCEJ、PSPで再生可能な動画/音声ファイルの情報を追加
-13日に動画変換ソフト公開。DSC-M1の動画も再生可能
株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEJ)は3日、12月12日に発売される携帯型ゲーム機「プレイステーション・ポータブル(PSP-1000)」の製品情報ページを更新。この中で、PSPで再生可能な映像・音楽フォーマットの詳しい情報と、対応ファイルの作成方法などを明らかにした。
PSPの映像フォーマットについては、専用メディア「UMD」からのMPEG-4 AVC(H.264)の再生に対応し、ビデオタイトルをリリースすることを発表していた。しかし、メモリースティック デュオからの映像再生などの詳細については明らかにしていなかった。
え!?PSPって動画再生できるの!?…ということで、「これは対応すれば話題になり、『携帯電話ユーザクラスタ』以外にも存在が認知されるはずだ」と思いつきます。めざせ最速対応!
・12月3日、PSPがメモリースティックからの動画再生に対応することが発表される
・12月12日にPSPが発売される
・12月13日にPSP対応動画変換ソフトが発売される
とのことで、目標を「公式の動画変換ソフト発売前のPSP対応」に設定しました。とはいえ、まだ公式動画変換ツールもなく本体もない(発売前)という状態。どういうフォーマットにすれば再生可能なのか。当然コーデックの情報なんて見たってわかりはしません。携帯電話対応のときにさんざん苦労したのですが、ちょっとしたコンテナの情報の違いなどで再生できる/できないが変わるのです。
でも、実はこの記事にはその(フォーマットの)重要なヒントもありました。
また、MPEG-4動画を撮影・録画できるデジタルカメラ、サイバーショット「DSC-M1」撮影したムービーも、PSPで再生できるという。
「DSC-M1」で撮影したムービーは、再生できる!!
つまり、DSC-M1で撮影された動画フォーマットを真似ればいいわけです。となれば話は早い、というかいままでいろんな機種相手にさんざんやってきたことと同じ作業をするだけです。
さっそく検索し、DSC-M1の動画作例をいくつかダウンロードし、フォーマットを解析し、「似た」フォーマットの動画を生成します。
パラメータの何が再生に必須で、どこまで許容可能なのか、というのは実際に試さないとわからないので、DSC-M1のフォーマットをベースにさまざまなパターンの動画を生成しておき…
PSPに対応させるために、発売前にデモ機が置いてあった銀座ソニービルで、細部を変えて書き込んだメモステをこっそりデモPSPに差す→各ファイルの挙動をチェック→ソニービルの外の路上に座り込んで筋のよかったファイルをベースにフォーマット調整→デモ機に戻る…を何度か繰り返しましたw
— MIRO (@MobileHackerz) 2015年6月27日
…と、発売前デモ機でこっそり動作確認をし、無事に2004年12月6日 PSP対応 Version 0.17をリリースします。あらためて見直すと発表から3日で対応したわけですね。当時の俺元気だったなあ。当時はPSPを発売日前にチャリティーオークションで入手したひとなどもおり、当然純正の動画コンバータも未発売だったところ「再生できました!!!」という報告を(発売前に)いただけて嬉しかったことを覚えています。
案の定この狙いは大当たりし、ここから一気に「携帯動画変換君」の知名度が上がりました。PSP対応がニュースになったことで携帯電話ユーザにも認知が広がり、「あえて秘密にしておくもの」の立場を脱したのが大きかったんじゃないかなと思います。
で、いま何やってるの?
「携帯動画変換君」はあらゆる雑誌に掲載され、本当に広く使っていただきました。それ自体はとてもありがたいことなのですが、まあなんというかここまで説明したことを見ていただいてもわかるように、きほん趣味では「自分が欲しいものを欲望のままに作る」タイプなので、自分の欲求が満たされてしまうとあんまりモチベーションが長く続かないんですよね…
というわけで、「変換君」についてはするっとフェードアウトしたまま今に至ります。以前夢見た「移動中に好きな動画を好きに見る」という意味では、いまはもうLTEとHulu / Netflixでいくらでも好きなようにオンデマンドで視聴できるし、ほんといい時代になったものです。
「携帯動画変換君」をつくった当時の会社はその後首になりまして、いまはドワンゴで働いています。変換君で培った動画の知識…とはあんまり関係なく、VR/AR/イベント演出などのシステム開発を担当しています。そろそろ「変換君の人」から呼称をアップデートしたいところ(ほかに代表作と呼べるものをつくりたいところ)ですねえ。