2012/03/23 ■ iPadで買えない電子書籍がある!なんじゃこら!…さて、悪いのは誰? Xでつぶやくこのエントリーをブックマークに追加このエントリーを含むはてなブックマーク

前回に引き続き、「Amazon(Kindle)以外はうんこだ!日本の電子書籍ダメダメすぎて話にならん!」…というよく見かける意見について。
前回は「出版社によっては1年間の再ダウンロード期限が設定されている」という「権利者の事情」を尊重しつつクラウドの使い勝手を実現するためにどんなテクニックが使われているかw、そして結局のところ(わかりにくいところがあるにせよ)最終的な使い勝手はそんなに悪いもんでもなくけっこう頑張ってますよ、ということをお伝えしました。

で、今回は「WebやAndroidの電子書籍ストアには並んでるのに、iPhone/iPadのアプリ内ストアでは売ってない本がある」という現象について。いやまあ何も知らずにこういう状況を目の当たりにしたら単にうんこだと感じるのはよくわかりますが、じゃあそれは誰が「悪い」んでしょうか?
…とはいえ、別に私も内情を知ってるわけではないので外部から見える話を総合して推測することしかできないわけですが、でもそれでもおおまかなところはわかりそうです。



つまり、
  • iOS(iPhone,iPad)アプリのアプリ内ストアではAppleの方針でAppleの課金システムを使わなければならない
  • Appleの課金システムでは値段の設定が決まったパターンに決められており、自由な価格付けはできない
  • そのため、出版社の希望価格では出せない書籍が発生する
  • そのような場合は二重価格で出すか、二重価格がNGな出版社の場合はiOS(iPhone,iPad)では販売しない措置をとっている
  • これはあくまでも販売方法の問題でしかないので、PCやAndroidで買ってさえしまえば書籍は自動的にiOS(iPhone,iPad)の端末にも同期されるし、そのまま読める
…ということのようです。

さて、これはいったい「誰が悪い」のでしょうか。日本の出版社が強欲だから?電子出版に及び腰だから?既得権益にしがみついているから?AmazonのKindleならすべてが解決するのに!…なんでしょうか。

要するにこのような状況になっている根本の原因は、価格決定権が出版社にあってストアにないからだと見ることができます。Appleのもとでは出版社が決めたとおりの価格で売ることが不可能で、それに対してストア側が調整することができないから、販売できないのだ、と。

一方、Amazon/Kindleはストア(Amazon側)に価格決定権を持つよう交渉していることで知られています。

電子書籍の価格決定権、アマゾンが出版社側に要求

インターネット通販最大手のアマゾンが、準備を進める電子書籍サービス「キンドル」の日本語版について出版社側に示した契約書案の内容がわかった。販売価格を最終的に決める権限がアマゾン側、つまり流通側にあることがポイントで、これまで再販制度の下、出版側が価格を決めてきた日本の出版業界のあり方とぶつかる部分も多い。

 日本では、電子書籍も含めて書籍の価格は出版側が決めてきた。電子書籍には再販制度は適用されないとみられ、アマゾンの提案のように流通側が価格を決めることも可能だ。ただ、出版社の抵抗感は根強い。
(2011年11月8日 asahi.comより)

角川グループ、Amazon.comと「Kindle」向け電子書籍の配信契約を締結

角川書店、アスキー・メディアワークス、エンターブレイン、角川学芸出版、富士見書房、メディアファクトリーなどのグループ傘下の全出版社が契約を締結した。契約では、アマゾンが今後日本で発売するキンドル上で、グループ傘下の出版社が提供する電子コンテンツを販売するほか、同サービスが対応しているPCや各種スマートフォンなどに配信する。「価格決定権」はアマゾン側が持つ。両社は、約1年にわたり交渉を続けていた。
(2012年3月1日 新文化オンラインより)


おおお。なるほどAmazonは価格決定権を握りにかかっています。それではAmazon/Kindleではこの問題は起こらないのでしょうか?


Amazonもギブアップ、ついにiOS向け電子書籍アプリから自社課金サイトへのリンクを撤去

現地報道によると、米Amazon.comは7月25日(現地時間)、米Appleのアプリ内課金規定への対応として、自社がiTunes App Storeに公開中のiPhone/iPad向け電子書籍アプリ「Kindle for iOS」から購入オプションを撤去した。 (2011年7月26日 ITMedia ebook userより)
おやおや。実のところ、KindleではAppleの統制を避けるためにアプリ内ストアそのものが無いんですね。そのため「Webで購入した書籍をiOSのKindleでダウンロードする」という形になっています。…あれ?それって言われているような「カンペキな夢の電子書籍像」なんでしょうか?


話が若干発散しましたが、つまり
  • 出版社側は自社のコンテンツの価格をコントロールしたい
  • ストア側はできるだけ利便性の高いアプリ内ストアも用意したい
  • Appleはアプリ内取引はすべて自社のシステムを通したいし、その価格付けを「シンプル」に統制したい
という三者三様の思惑がぶつかった結果、こういう仕様になっていることがわかります。そしてAmazon/Kindleは
  • ユーザにとって利便性の高いアプリ内ストアはあきらめて提供しない
  • 一方価格決定権は自分たちで確保し、柔軟な価格付けを実現させる
という方針で動いています。

さて、話は戻ります。この(iOSで買えない書籍がある)仕様、誰が「悪い」んでしょうか?
通常の商品は、メーカー(出版社)には小売価格の決定権はありません。なので、そこを握りたいとする出版社を「強欲」と見ることもできるでしょう。でも、こと出版界においては日本とアメリカの商慣習はまったく違います。日本では再販制度に支えられて今まで多様な出版を維持してきた、ということもありまだ紙が主なビジネスとなっている今「価格決定権を丸渡しする」ことに抵抗があるのも理解できます。
では、電子書籍ストア側がわかりにくいアプリ内ストアを用意したことが「悪い」んでしょうか。でも可能な限り快適なUIでストアを使ってほしい、という意向も理解できますよね。
じゃあ、課金方法や価格までシビアにコントロールしようとするAppleが「悪い」んでしょうか?

…と考えていくと、この現象にそう目くじら立てるのもちょっとなあという気になるのですがどうでしょうか。


最後に余談になりますが、この「PCで書籍を買えばiOSの端末でちゃんと読める」という今の利便性そのものも 以前はできませんでした。でもこれも、「日本が駄目だから」…ではないですよね。

日本駄目日本駄目言うのもいいですが、こうやって見るといろいろ本当に工夫して各種制限の中をかいくぐりながら極力快適な環境を提供しようとしている人たちがいるわけです。
まあ、身も蓋もないことを言うとたしかに「こんなこと消費者が気にしているようじゃまだまだ駄目」であり「そもそもそこをまとめられない電子書籍ストアが情けない」んですけどね。でも既存の枠組みを破壊して「シンプル」にすることだけが正義だ、と言い切る度胸は今の私にはないのです。