2019/05/30 ■ 「造血幹細胞がアラビックヤマトで培養できた」ニュースから学びたいこと Xでつぶやくこのエントリーをブックマークに追加このエントリーを含むはてなブックマーク


今日、造血幹細胞、のりで大量培養 高価な培養液以上、専門家びっくり 東大など、マウスで成功というニュースが日本をかけめぐりました(めぐっています)。いままで高価な培養液でもなかなか増やすことができなかった造血幹細胞を、なんと市販の「アラビックヤマト」で大量に増やすことができた、白血病などの血液疾患に画期的な治療法となりえる可能性がある…というもの。これ自体は本当に素晴らしいニュースで、先々がとても楽しみでありつつ、もうひとつ個人的にすごく感心したところがありましたのでメモ書きを残しておこうと思います。



なぜアラビックヤマトで培養を試そうと思ったんだwww

「なぜアラビックヤマトで培養を試そうと思った」

だれもが思うその疑問に対する答は、東京大学・日本医療研究開発機構(AMED)からのプレスリリース「液体のりで造血幹細胞の増幅に成功―細胞治療のコスト削減や次世代幹細胞治療に期待」に詳細が書いてあります。

流れとしては、

  • なぜいままで造血幹細胞の培養がうまくいかなかったのかの原因を特定した
  • タンパク質ではなく安定的な化学物質を使うとその課題が解決できるのではないかと仮説を立てた
  • 候補の物質をいくつかためしたところPVA(ポリビニルアルコール)が非常に優秀な結果だった

という順番です。PVA自体は非常に広く使われている安価な物質で、ニュースリリースにもあるとおり 「医薬品製造グレードの製品」も容易に入手できる ものです。
ここからは、 別にやけくそになって手元のアラビックヤマトを使ったわけではないということが読み取れます。

え、じゃあアラビックヤマトってどこから出てきたの?

プレスリリースには表題に「液体のりで」とは書いてあるが、本文では「液体のりの 主成分であるPVAを用いる ことで」とあるとおり、ここで重要なのは「PVA」であって「液体のり」ではありません。別にこれからアラビックヤマトの需要が高まる…わけではないのです。

では、どこからアラビックヤマトが出てきたのか?朝日新聞が適当にかっとばしたのか?…というと、これもよく見るとそうではないことがわかります。

朝日新聞の記事には
「山崎さんは実際、コンビニの液体のりでも培養できることを確認した」 とあります。
また共著者などからもコメントを取っており、ここからは

  • 朝日新聞はプレスリリースが出る前に事前取材をしている
  • コンビニの液体のりでも培養できることを「確認した」
  • アラビックヤマトの写真は研究者から提供された可能性が高い

ことがわかります。
つまり、実際に「アラビックヤマトで実験し」「成功した」のです

「コンビニの液体のりでも培養できることを確認した」

これが、私が 地味に凄いな と感じたポイント。
実験の進み方をイメージすると、この「コンビニの液体のりでも培養できることを確認した」というのは 完全に蛇足 でしかないのです。普通に実験は実験用のPVAで進めたであろうし、PVAでとてもよい結果が出ればそれで研究の成果としては完全です。実用化をめざす研究を続けるにしろ、PVAはPVAで充分に安価であることは広く知られており、今後実験で市販の液体のりをつかわなければいけない理由なんてない。 市販の液体のりで培養できるかどうかを確認する必要なんてこれっぽっちもない のです。
でも、そこをあえて、 「コンビニの液体のりでも培養できることを確認した」

この一手間と、日常的にどこでも見かける、ふつうの「アラビックヤマト」の写真。これがあることで、みんなが話題にする、ものすごくインパクトを産んでいる。しかも、科学的に誠実な範囲で(実験で実際に確認したわけですから)。蛇足なんだけれども、ものすごい効果があった。

すごい成果は、すごいことを伝えないと、伝わらない

これが「安価なPVAを使って造血細胞を培養できることを発見した」というニュースなら、急速にバズることはなかったと思います。もちろん、それでも研究成果としては完璧だし、業績になると思います。
しかし、そこをあえて

  • コンビニで市販のりを買ってきて研究的には余分と思われる追実験を一手間かけて実施し
  • 市販ののりでもできる!という結果を出しておき
  • その情報とセットで新聞にあらかじめ売り込み、プレスリリースと同時に記事が出るように事前取材を仕込む(これはわりとよく行われます)

という広報を行ったわけです。この「研究としては特に意味はないけど、科学的に正しく・かつキャッチーな要素を付け加える実験をした」。これ、簡単なようで、ちゃんとやっておくのはすごいです。

すごい成果を、わかりやすく、すごいということを広く伝える。

元の研究自体のすごさ、面白さはもちろんなのですが、
この「伝える」ところにちゃんと工夫をしたひとにも、すごいね、って言っておきたくメモとして残す次第でした。